こちらのページでは座禅で悟りが開けるのかどうか?について私の考えを紹介しています。
座禅をする意味とは?
座禅というと仏教、お坊さん、お寺のイメージがありますが、座禅をすることで悟れるのでしょうか?
座禅は宗派によって異なるようですが、私は座禅は修行の一部という事です。
私的には座禅は悟りのヒントであり、座禅をしたからと言って悟れるとは思っていません・・・。
悟りは気づき
私の考えでは悟りは気づきです。
この世は絶えず変化をしているだけで、その状況を自分が見せられることで自分の心境が変化をしているを体験していると考えています。
ですので、上記の事に気づければ、悟っていますし、涅槃になる事も可能だと考えています。
座禅のヒント
座禅をすることで、この世界に自分が存在するだけの状況を作り出している修行と解釈しています。
つまり、自分という自我を無くせば、ただ存在するだけの状況になります。
ただ存在するだけであれば、何の恐怖も不安もなくなるはずです。
また、自分はここに存在するだけであれば、周りで何が起きていようと関係ありません。
つまり、自分、自我を出現させることで周りで起きていることに意味付けをしてしまいます。
周りで起きていることに意味付けをすると物事に対して視点が生まれるため、自分にとって都合の良い事なのか?都合の悪い事なのか?など喜怒哀楽、不安、恐怖が生まれてきます。
このように考えれば、自我さえなければ身の回りで起きていることは、ただの現象でしかなく、何の意味もなさない現象になります。
言い方は悪く聞こえますが、自我さえなければどうでもいい事、ただその状況が起こっているだけになります。
ですので、私の考える悟りのひとつである「この世は変化しているだけ」になります。
座禅をすることで、ただ存在する状況を作り出し、周りが変化をしているだけと気づけると悟りなのかもしれません。
そう考えると、お寺の静かな環境よりも、人通りの激しい場所で座禅を組んで無になった方が、自分は悟れるのではないか?と考えています。

